「土佐犬とピットブル、本当に強いのは一体どちらなのだろう?」闘犬という共通のルーツを持つ両犬種について、多くの方がこのような純粋な興味や疑問を抱くことでしょう。その圧倒的なパワーと存在感で人々を魅了する一方で、「ピットブルは危ない」といった漠然としたイメージが先行し、その実像はあまり知られていません。この記事では、土佐犬とはどのような歴史を持ち、どんな性格なのか、そしてピットブルとはどう違うのかという基本から、専門的な視点で深く掘り下げていきます。日本の伝統文化ともいえる土佐犬闘犬大会と、アメリカの闇社会で育まれたブラッドスポーツの決定的な違い、そしてなんのためにたたかわせるのかという根源的な問いにもお答えします。さらに、巷で囁かれるピットブルより強い犬の存在から、リアルなピットブルと土佐犬の値段、そして飼育に伴う計り知れない責任まで、両犬種に関するあらゆる情報を網羅的に解説。この記事を読み終える頃には、単なる強さ比べを超えた、彼らの本質と向き合うための深い知識が得られているはずです。
- 土佐犬とピットブルの起源から辿る歴史と正確な性格の違い
- 闘いのスタイル、ルール、そして「本当の強さ」に関する多角的な分析
- 現代社会における法的な位置づけと、飼い主が負うべき具体的な責任
- 購入費用から生涯コストまで、飼育に関わるリアルな金銭事情
土佐犬とピットブルの起源と特性

- 土佐犬とは?その歴史と性格
- ピットブルとは?その歴史と性格
- なんのためにたたかわせるのか?
- アメリカのブラッドスポーツの歴史
- 日本の土佐犬闘犬大会とは
土佐犬とは?その歴史と性格

土佐犬は、その名が示す通り日本の土佐地方、現在の高知県で作出された犬種であり、正式名称を「土佐闘犬(とさとうけん)」と言います。その威風堂々とした姿は、まさに「ジャパニーズ・マスティフ」の異名にふさわしく、日本が世界に誇る最強の闘犬として知られています。
近代日本の情熱が生んだ「ハイブリッド闘犬」
土佐犬の歴史は、他の日本犬とは一線を画します。その起源は古く、14世紀頃から土佐藩で行われていた闘犬文化に遡りますが、現在の姿が形成されたのは19世紀後半の明治時代です。当時、藩士の士気を高めるために盛んだった闘犬で使われていたのは、在来種である四国犬でした。しかし、文明開化と共に来航した外国人たちが連れていたブルドッグやマスティフといった西洋の大型犬に、日本の四国犬は体格差で歯が立たなかったのです。
これに奮起した土佐の愛好家たちは、「打倒・西洋犬」を掲げ、国家的ともいえる規模で体系的な異種交配プログラムを開始しました。四国犬を基礎としながら、それぞれの犬種が持つ長所を取り入れることで、最強の闘犬を創り出そうとしたのです。
- ブルドッグ(1872年頃):獰猛な攻撃性と強力な顎の力を導入。
- イングリッシュ・マスティフ(1874年頃):圧倒的な体格とパワーを増強。
- セント・バーナード、グレート・デーン(19世紀末頃):さらなる大型化と持久力を付与。
- ブル・テリア(1924年頃):闘争心と俊敏性を加える。
このように、土佐犬は様々な西洋犬種の血が交じり合った、いわば「近代日本の情熱が生んだハイブリッド闘犬」であり、柴犬や秋田犬のような古代からの純粋な日本犬とはその成り立ちが全く異なります。1933年には全国組織として土佐犬普及会が発足し、犬種の固定化と血統書の発行が始まり、その地位は不動のものとなりました。
静と動を併せ持つ二面性
土佐犬の性格は、その複雑な作出の歴史を反映した「二面性」が最大の特徴です。信頼する飼い主や家族に対しては、驚くほど穏やかで忍耐強く、深い愛情と忠誠心を示します。その堂々とした落ち着き払った態度は、飼い主にとって絶対的な安心感を与える守護者のようです。しかし、その静かな姿の内側には、闘犬としての熾烈な本能が脈々と流れています。
潜在的な攻撃性の理解が不可欠
この穏やかな性質は、あくまで信頼関係のある家族に向けられたものです。ひとたび縄張りに侵入者を感じたり、家族に危険が迫ったりした際には、強力な防衛本能が作動します。特に他の犬、とりわけ同性の犬に対しては非常に攻撃的になる可能性が高く、そのパワーは一度スイッチが入れば人間の力で制御することはほぼ不可能です。飼い主は、この静かなる闘士の穏やかな面に決して油断することなく、その内に秘められた計り知れない力と闘争本能を常に意識し、徹底した管理を行う必要があります。
ピットブルとは?その歴史と性格

ピットブルは、アメリカを象徴する犬種の一つであり、正式名称を「アメリカン・ピット・ブル・テリア(American Pit Bull Terrier, APBT)」といいます。その鋼のような筋肉質の体と、尽きることのないエネルギーは、まさにアスリートそのものです。しかし、その歴史は血塗られた闘いの記憶と深く結びついています。
ブラッド・スポーツのために生まれた戦闘マシン
ピットブルの起源は、19世紀のイギリスにあります。当時、残酷な見世物であった「ブル・ベイティング(牛いじめ)」や「ベア・ベイティング(熊いじめ)」が動物愛護の観点から禁止されると、人々の興味はより手軽に行える「犬対犬」の闘い、すなわち闘犬へと移っていきました。その中で、ブル・ベイティングに使われていたブルドッグのパワーと粘り強さに、俊敏で気の強い各種テリアの機敏さと「ゲームネス(不屈の闘争心)」を掛け合わせることで、究極の闘犬「ブル・アンド・テリア」が作出されました。
これらの犬が19世紀後半にアメリカへと渡ると、アメリカのブリーダーたちは、より大きく、より強力な闘争心を持つ個体を選抜・繁殖し、独自の犬種として発展させました。それが、今日私たちが知るアメリカン・ピット・ブル・テリアです。彼らはその名の通り、「ピット(Pit)」と呼ばれる闘技場で、命がけの闘いを繰り広げるために存在していました。
複雑な犬種登録の歴史
ピットブルの犬種登録は少し複雑です。1898年にユナイテッド・ケネルクラブ(UKC)が初めて「アメリカン・ピット・ブル・テリア」を公認しましたが、これは闘犬としての能力を評価するものでした。一方、アメリカ最大の犬種登録団体であるアメリカンケネルクラブ(AKC)は、闘犬のイメージを嫌い、同じ祖先を持ちながらもドッグショー向けに温和な気質を重視して繁殖された犬を「アメリカン・スタッフォードシャー・テリア」という別の名前で公認しています。この事実が、しばしば混乱を招く原因となっています。
人間への愛と、犬への攻撃性という矛盾
闘犬としての血塗られた歴史とは裏腹に、ピットブルの性格で最も特筆すべき点は、人間、特に家族に対する並外れた愛情深さと忠誠心です。彼らは知性が高く、飼い主を喜ばせることを何よりも望むため、訓練性能は非常に高いとされています。この人間に対する友好的な性質は、闘いの最中でもハンドラーが安全に犬を分離・管理できるよう、人間に歯を向ける個体は厳しく淘汰されてきたという、皮肉な育種の歴史の産物です。
しかし、この人間への愛情と、犬に対する極めて高い攻撃性は、ピットブルという犬種が抱える最大の矛盾であり、飼育における最大の課題です。この本能は非常に強力で、どれほど優れた訓練を施しても完全に取り除くことは不可能と考えるべきです。些細なきっかけで「闘いのスイッチ」が入り、穏やかなペットから執拗な攻撃モードへと変貌することがあり、一度その状態になると制御は極めて困難になります。この矛盾した特性を深く理解することなくして、ピットブルを安全に飼育することはできません。
なんのために闘わせるのか?

犬同士を闘わせる「闘犬」という行為は、現代の多くの人々にとっては理解しがたい、残酷なものに映るかもしれません。しかし、この文化は世界中の様々な地域で、数千年にもわたって存在し続けてきました。その目的は一つではなく、時代や地域の文化によって多様な意味合いを持っていました。
最も一般的な目的は、人々の「娯楽」です。娯楽の種類が限られていた時代において、動物同士が繰り広げる真剣勝負は、観客に強烈な興奮とスリルを提供しました。古代ローマのコロッセウムでは、猛獣や剣闘士との戦いが民衆の最大の娯楽であったように、犬同士の闘いもまた、多くの人々を熱狂させたのです。このような娯楽には、しばしば「賭博」が伴いました。勝敗に金銭を賭けることで、観客の興奮はさらに増幅され、闘犬は一大産業として成立することもありました。
一方で、闘犬は単なる娯楽に留まらない役割を担うこともありました。前述の通り、日本の土佐藩では、闘犬は武士の「士気高揚」や戦闘精神を養うための手段として奨励されました。犬の不屈の闘志に自らを重ね合わせ、武士としての精神を鍛えようとしたのです。また、一部の地域では、強力な闘犬を所有することが権力や富の「ステータスシンボル」となることもありました。
もちろん、現代の動物福祉の観点からすれば、これらの理由は到底正当化できるものではありません。しかし、闘犬種の成り立ちを理解するためには、彼らがこのような人間の様々な欲望や文化の中で生まれてきたという歴史的背景を知ることが不可欠なのです。
アメリカのブラッドスポーツの歴史

アメリカにおける闘犬の歴史を語る上で、「ブラッドスポーツ(Blood Sport)」という言葉は避けて通れません。これは文字通り「血のスポーツ」を意味し、動物同士を死ぬまで戦わせるような、極めて残虐性の高い見世物を指します。ピットブルという犬種は、まさにこのブラッドスポーツのるつぼの中で鍛え上げられました。
アメリカのブラッドスポーツとしての闘犬は、特に19世紀から20世紀にかけて、非合法な賭博と結びつきながら闇社会で隆盛を極めました。そこには、日本の闘犬のような厳格なルールや儀式性はほとんど存在しませんでした。目的はただ一つ、相手を完全に戦闘不能に追い込むことです。しばしばどちらかの犬が絶命するか、あるいは重傷により闘いを継続できなくなるまで続けられました。
この過酷な環境が、ピットブルの「ゲームネス」という特異な精神性を育んだのです。ゲームネスとは、どれほどの傷を負い、体力を消耗しても、決して闘うことをやめない不屈の精神を指します。この特性を持つ犬だけが、ブラッドスポーツの世界で生き残り、その血を後世に伝えることができました。
動物虐待の温床
ブラッドスポーツの裏側は、凄惨な動物虐待に満ちていました。犬たちは過酷なトレーニングを強いられ、闘いで負けた犬は「価値なし」と見なされ、治療もされずに放置されたり、残酷な方法で殺処分されたりすることも日常茶飯事でした。2007年に発覚したNFLのスーパースター、マイケル・ヴィック選手による闘犬賭博事件は、その闇の一端を世に示し、アメリカ社会に大きな衝撃を与えました。この事件をきっかけに、動物愛護法はさらに厳格化され、現在ではアメリカの50州すべてにおいて闘犬の開催、観戦、関連器具の所持すらも重罪とされています。
日本の土佐犬闘犬大会とは

アメリカの残虐なブラッドスポーツとは対照的に、日本の土佐犬闘犬大会は、「様式美」と「精神性」を重んじる、極めて日本的な文化として独自の発展を遂げてきました。それは単なる動物の闘いではなく、日本の国技である「相撲」の哲学や儀式性を色濃く反映した、一種の武道や神事にも通じる世界です。
相撲文化を色濃く反映した儀式
土佐の闘犬は、「土俵」と呼ばれる試合場で行われます。犬たちは人間と同様に体重別に階級が分けられ、その頂点には「横綱」「大関」「関脇」といった相撲と同じ番付が存在します。最高の栄誉である横綱に昇り詰めた犬は、力士が締めるものと同じ、刺繍が施された豪華絢爛な「化粧まわし」を授与され、堂々たる「横綱土俵入り」を披露します。この光景は、犬を神聖な存在として敬う、日本独特の精神文化の表れともいえるでしょう。
「心・技・体」を競う厳格なルール
最も重要な違いは、そのルールにあります。土佐の闘犬は、相手を傷つけたり殺したりすることが目的ではありません。あくまで、どちらの犬がより優れた「闘志」と「忍耐力」を持っているかを判定する競技です。そのため、明確な「禁じ手」ならぬ「負け技」が定められています。
- 鳴き:苦しさや恐怖から鳴き声を発する。
- 走り:相手に背を向けて逃げる。
- 威嚇:相手を噛まずに、吠え立てて威嚇する。
- 柵割り:土俵際の柵に寄りかかり、戦意がないと見なされる行為。
これらの行為を見せた犬は、たとえ身体的には無傷であっても、精神的に敗北したと見なされ、即座に勝敗が決します。この厳格なルールこそが、土佐犬の「沈黙の闘士」としての、我慢強く動じない気質を何世代にもわたって育んできたのです。これは、相手を破壊し尽くすことを目的とするブラッドスポーツとは、その根底にある哲学が全く異なります。
ただし、こうした文化も時代の変化と共に動物愛護の観点から批判に晒され、観光の目玉であった「とさいぬパーク(旧土佐闘犬センター)」が2017年に閉鎖されるなど、その規模は縮小傾向にあります。文化の継承と動物福祉のバランスが、現代的な課題となっています。
土佐犬とピットブルの強さと飼育

- 土佐犬とピットブルはどちらが強い?
- ピットブルより強い犬はいるのか?
- ピットブルは本当に危ない?
- ピットブルと土佐犬の値段を比較
- 土佐犬とピットブルを飼う責任
土佐犬とピットブルはどちらが強い?

いよいよ本題である「土佐犬とピットブルはどちらが強いのか」という、多くの人が抱く疑問に迫ります。この問いにシンプルに答えることは非常に難しく、なぜなら「強さ」を測る物差しが一つではないからです。純粋な物理的パワーと、実戦的な戦闘能力という、二つの異なる側面から比較する必要があります。
側面①:フィジカル・パワー(物理的な強さ)
体重、体高、筋力といった、純粋な物理的スペックにおいては、議論の余地なく土佐犬が圧倒的に優位に立ちます。闘犬のために大型化が追求された土佐犬は、平均でも50~60kg、大型の個体になると100kgを超えることも珍しくありません。対してピットブルは、筋肉質ではあるものの、あくまで中型犬に分類され、体重は14kgから36kg程度が標準です。この圧倒的な質量差は、純粋な押し合いや組み合った際のパワーにおいて、絶対的なアドバンテージとなります。単純な腕力比べであれば、土佐犬に軍配が上がるでしょう。
側面②:コンバット・アビリティ(戦闘能力)
しかし、闘いを「ルール無用の実戦」と仮定した場合、その評価は大きく変わる可能性があります。ここで重要になるのが、それぞれの犬種が育まれてきた闘いの「スタイル」と「心理」です。
- 土佐犬:ルールのある「相撲」のような競技の中で、相手を制圧し、精神的な優位に立つことを目指す。持久力と忍耐力が重視される。
- ピットブル:ルール無用の「ストリートファイト」の中で、相手を破壊し、戦闘不能に追い込むことだけを目指す。攻撃の執拗さと不屈の闘争心(ゲームネス)が最優先される。
このため、多くの専門家や愛好家の間では、「もしルールなしで両者が闘った場合、ピットブルがその驚異的なゲームネスで体格差を覆し、勝利する可能性が高い」という見解が主流となっています。ピットブルは痛みを感じさせないほどの高いアドレナリン分泌能力と、一度噛みついたら離さない強力な顎を持ち、執拗に攻撃を続けることができます。土佐犬のパワーをもってしても、この狂気的ともいえる闘争心を前に、戦意を維持し続けるのは困難かもしれない、という分析です。
これはあくまで仮定の話であり、どちらが優れているという話ではありません。それぞれが異なる目的のために、異なる「強さ」を極めた結果なのです。ある映像資料で「土佐犬が5秒でピットブルを倒した」というものがありますが、これは例外的なケースと捉えるのが妥当でしょう。
特徴 | 土佐犬(土佐闘犬) | アメリカン・ピット・ブル・テリア |
---|---|---|
分類 | 大型犬~超大型犬 | 中型犬 |
原産国 | 日本(高知県) | アメリカ合衆国(英国の血統) |
平均体高 | オス: 60cm以上, メス: 55cm以上 | 43 – 56 cm |
平均体重 | 30 – 100+ kg(個体差大) | 14 – 36 kg |
闘いのスタイル | ルールに基づく組み技(相撲スタイル) | ルール無用の全面戦争 |
気質(対人) | 家族に忠実で穏やか、深い愛情 | 非常に愛情深く友好的、人間好き |
気質(対犬) | 強い攻撃性を見せることがある | 極めて高い攻撃性を持つ(遺伝的特性) |
主な長所 | 圧倒的なパワー、忍耐力、忠誠心 | 不屈の闘争心、高い敏捷性、人間への愛情 |
主な注意点 | 徹底した社会化と管理が必須、初心者には不向き | 犬への攻撃性の管理、脱走防止策が絶対条件 |
かかりやすい病気 | 股関節形成不全、胃捻転、眼瞼内反症 | 皮膚アレルギー、股関節形成不全、心臓病 |
ピットブルより強い犬はいるのか?

ピットブルはその戦闘能力の高さから「最強の闘犬」と称されることが多いですが、「強さ」の尺度は一つではありません。もし、その尺度を「純粋な体重とパワー」「護衛能力」に置くならば、ピットブルを凌駕するであろう犬種は世界に複数存在します。
カテゴリー1:超大型マスティフ系
このカテゴリーの犬種は、その圧倒的な質量と力で他を寄せ付けません。
- コーカシアン・オフチャルカ:ロシア原産の護畜犬。体重は時に100kgを超え、オオカミやクマから家畜を守るために使われてきました。その縄張り意識と防衛本能は凄まじく、侵入者に対しては命がけで立ち向かいます。
- ナポリタン・マスティフ:古代ローマの闘犬の末裔とされるイタリアの犬種。特徴的なたるんだ皮膚は、噛みつかれた際のダメージを軽減する役割を果たします。その威圧的な外見と力は、番犬として非常に高い能力を発揮します。
カテゴリー2:特殊な能力を持つ護衛犬
このカテゴリーの犬種は、特定の脅威に対抗するために特化しています。
- カンガール・シェパード・ドッグ:トルコ原産の護畜犬。オオカミを撃退する能力に特化しており、その咬合力(噛む力)は全犬種の中でもトップクラスと言われています。俊敏性も兼ね備えています。
- ドゴ・アルヘンティーノ:アルゼンチン原産の狩猟犬。ピューマやイノシシといった大型の獲物を狩るために作出されました。高い持久力と勇敢さを持ち合わせ、集団での狩りを得意とします。
「咬合力」の数値について
しばしば犬の強さの指標として「咬合力(PSI)」が引用されますが、その測定方法は標準化されておらず、ウェブ上の数値の多くは科学的根拠に乏しいのが実情です。しかし、一般的にマスティフ系の大型犬種は、その骨格から非常に強い咬合力を持つと考えられています。重要なのは、「最強」は目的や状況によって変わる相対的な概念であると理解することです。
ピットブルは本当に危ない?

「ピットブルは危ない犬」というレッテルは、世界中で広く貼られています。実際に多くの国や地域で飼育が規制されている事実もあり、このイメージは単なる偏見ではありません。しかし、問題の本質を正しく理解する必要があります。
結論から言えば、危険性の根源は犬種そのものではなく、「犬の持つ潜在的な能力」と「飼い主の無責任さ」が掛け合わさったときに具現化します。ピットブルが持つ並外れた闘争本能と強力な顎の力は、不幸な事故が起きた際に、被害を致命的なレベルまで拡大させる「潜在的な能力」です。小型犬に噛まれても軽傷で済むかもしれませんが、ピットブルに本気で攻撃されれば命に関わります。これが、彼らが「危険」と見なされる最大の理由です。
日本の「特定犬」制度と海外の「BSL」
こうしたリスクを管理するため、日本では多くの都道府県や市町村が「特定犬」という制度を設けています。これは、土佐犬やピットブル(自治体によってはアメリカン・スタッフォードシャー・テリアとして記載)など、人に危害を加える可能性が高いとされる犬種を指定し、飼い主に通常より厳格な管理義務を課すものです。
特定犬の主な飼育義務(例)
- 「檻」その他、堅固な囲いの中での飼育
- 敷地の出入口など、見やすい場所への標識の掲示
- 特定犬を制御できる者による飼養管理
※具体的な規制内容は自治体によって異なります。
これは、海外で一般的なBSL(Breed-Specific Legislation:犬種特有法)とは考え方が異なります。英国やオーストラリア、ドイツなど多くの国で採用されているBSLは、ピットブルタイプ犬の所有、繁殖、輸入そのものを禁止または厳しく制限するものです。日本の制度が「飼い主の行動(管理方法)」に焦点を当てているのに対し、BSLは「犬種そのもの(存在)」を規制の対象としています。この違いは、社会がリスク管理の責任をどこに置くかという、根本的な哲学の相違を反映していると言えるでしょう。
どちらの制度が良いという単純な話ではありませんが、日本の特定犬制度は、責任感と覚悟のある飼い主がこれらの犬種と暮らす道を閉ざさない、という点で特徴的です。裏を返せば、それだけ飼い主一人ひとりの責任が重いということです。
ピットブルと土佐犬の値段を比較

土佐犬やピットブルといった特殊な犬種を家族に迎えることは、経済的にも大きな決断となります。彼らは一般的なペットショップで販売されることは稀で、その犬種を専門に扱う経験豊富なブリーダーから直接譲り受けるのが通常です。
初期費用としての購入価格
子犬の価格は、その血統、両親の実績、ブリーダーの評判などによって大きく変動しますが、おおよその目安は以下の通りです。
- 土佐犬:10万円~50万円以上。由緒正しい血統や、闘犬大会で実績のある親から生まれた子犬は、時に100万円を超えることもあります。平均的には20万円前後が一つの目安です。
- ピットブル:10万円~30万円。こちらも血統やタイプによって幅がありますが、平均的には22万円前後が相場とされています。
本当に重要な「生涯コスト」
しかし、犬を飼う上で本当に考慮すべきは、購入価格よりもむしろ、その生涯にわたってかかり続ける「維持費」です。特に大型犬である土佐犬は、その負担も桁違いになります。
ある試算によれば、土佐犬一頭を生涯飼育するためにかかる費用は、総額で約380万円にも上るとされています。この金額には、以下のような費用が含まれています。
- 食費:体が大きい分、食事量も多く、質の良いフードを与えるとなると相当な金額になります。
- 医療費:股関節形成不全や胃捻転など、大型犬特有の病気にかかるリスクがあります。手術となれば数十万円単位の出費も覚悟しなければなりません。
- 設備費:特定犬の規制を満たすための、頑丈な檻や囲いの設置には多額の初期投資が必要です。
- 訓練費:専門のトレーナーによる訓練が不可欠となるケースも多く、その費用も考慮に入れるべきです。
経済的・時間的負担という「参入障壁」
これらの莫大な経済的負担と、毎日の散歩や訓練に費やす膨大な時間は、事実上、無責任な飼い主や安易な気持ちで飼おうとする人々を自然に排除する「参入障壁」として機能している側面があります。これらの犬種を責任を持って終生飼育するためには、揺るぎない覚悟と経済的な安定が絶対条件なのです。
土佐犬とピットブルを飼う責任

本稿では、土佐犬とピットブルという、闘うために生み出された二つの偉大な犬種について、その歴史的背景から気質、そして現代社会における実像までを深く掘り下げてきました。彼らは、人間の目的によってその運命を定められた存在であり、その血には深い忠誠心と、誤って管理されれば深刻な危害をもたらす能力が刻まれています。最後に、この記事の要点をリスト形式で総括します。
- 土佐犬は明治時代の日本で西洋犬との交配により作出された超大型犬
- ピットブルは19世紀イギリスでブルドッグとテリアの交配により作出された中型犬
- 土佐犬の性格は家族に忠実で穏やかだが、強い防衛本能と警戒心を持つ
- ピットブルは人間に非常に友好的だが、犬に対しては遺伝的に高い攻撃性を持つ
- 闘犬の歴史的背景には娯楽、賭博、士気高揚など多様な目的があった
- アメリカのブラッドスポーツはルール無用の残虐な見世物として発展した
- 日本の土佐犬闘犬大会は相撲の様式美と精神性を重んじる儀式的な競技
- ルール無用の戦闘能力ではピットブルの「ゲームネス」が高く評価される
- 「最強の犬」の定義は状況や目的によって変わり絶対的な答えはない
- コーカシアン・オフチャルカなど護衛能力に特化したさらに大型の犬種も存在する
- 犬がもたらす危険性の本質は犬種だけでなく飼い主の管理能力と責任にある
- 日本では多くの自治体が「特定犬」制度で飼い主に厳格な管理を義務付けている
- 海外では犬種そのものを禁止するBSL(犬種特有法)が主流の国もある
- 購入価格は数十万円が目安だが、生涯コストは数百万円単位に及ぶ
- これらの犬種を所有することは権利ではなく、社会全体に対する重大な責任である